ウサギとカメの物語 番外編
きっと東山さんは俺たち事務課のスタッフがいない時に偶然にも例の電話を取ってくれたのだ。
それがいつのことなのかは分からないが、月末も近かったから事務課は少しバタバタしていた。
それで鳴りっぱなしの電話を放っておけずに取ってくれたに違いない。
きちんとお客様の名前や変更の日時をしっかりメモを取り、あとで誰かに伝えるつもりだったはず。
だけど本来の受付の仕事をしているうちにすっかり頭から抜けてしまったのだ。
家に帰ってからたまたまメモを見つけ、ミスに気がついたのだろう。
怒られることは覚悟の上でここへ戻ってきたはずだ。
だけど、課長にあんな風に言われるとは想像もしてなかっただろう。
それは彼女だけじゃない。俺も、みんなそうなはず。
どんなに仕事が忙しくても、どんなに面倒なお客様の対応をしていても、機嫌の悪い同期に当たられたっていつだって笑顔で乗り切っていた東山さんが、これでもかというくらい泣いていた。
化粧だって崩れていた。
それほどショックは大きかったのだ。
ぼんやりしていたらいつの間に移動してきたのか、大野さんがドスッと俺の背中を小突いてきた。
振り向くと、間髪入れずに言われた。
「追いかけろ、神田!」
その鬼気迫る真剣な表情に押されて、思わずうなずく。
イスに乱雑にかけていたジャケット掴んで、そそくさと事務所をあとにした。
廊下を走る。全速力で走る。
趣味のフットサルやサッカーでもこんなに全力で走ることなんて無いんじゃないかってくらい飛ばす。
足は昔から速いほうだ。
東山さんはそのまま会社を出たと思ってまず間違いない。
追いつけるか?
いや、追いつかなくちゃ!
社員用の通用口から出た俺は、目印にもなりそうな真っ白の薄手のコートの女性を真っ先に探した。