ウサギとカメの物語 番外編
「ミスなんて誰にでもあることだよ。それに……君は惨めなんかじゃない。もちろん、バカ女でもない」
なるべく優しい口調になるように心がけながら、思っていることをそのまま口にした。
ハッと彼女が顔を上げるのが見えた。
その目には、やっぱり涙が浮かんでいる。
「俺は課長が羨ましかったよ。どんな状況でも君に愛してもらえて、笑顔を向けてもらえて。あの人は仕事も出来るし信頼も厚いし、なにより……とてもかっこいい。俺には絶対に太刀打ち出来ない」
ゆっくりと彼女に近づいて、少し距離を置いて同じように石の縁に腰を下ろす。
間に空いた距離は、今の俺たちの距離感を示しているようで少し心苦しい。でも、これが現実。
「課長は仕事に厳しい人なんだ、きっと。それであんな風に酷い言い方をしてしまったんだと思う。完璧主義だろうから」
「…………神田さん、課長のフォローをしに来たんですか?」
自嘲気味に笑った東山さんは、落ちたマスカラが黒く滲んだピンクのハンカチを握りしめながら唇を噛んでいた。
悔しくてたまらないのが伝わってくる。
出来ることならこの場で熊谷課長の悪口を言ってやりたいところだけど、それは我慢した。
今回のことでようやく気づいた。俺の恋愛に熊谷課長は関係ないのだということに。
俺が好きなのは東山美穂という女の子であって、課長なんかどうでもいいのだ。
「俺はね、君の笑顔が好きなんだよ」
弱っている時につけこもうとか、そういうつもりは毛頭なかった。
ただ今この瞬間の俺の気持ちを知ってほしかった。
「朝から君の笑顔を見るだけで1日頑張ろうって思えたし、仕事中も君の笑顔で癒されたし、嫌なことがあってもいつでも笑顔で頑張ってるのを見て、すごいなって思ってた。そういう姿が好きなんだ。…………だけど今日、東山さんは笑わなかったね」
「……………………だって……それは……」
「俺は君を傷つけるようなことは絶対に言わない。いつでも心から笑ってもらえるようにしたいって思う。何度も何度も思ったよ………………、熊谷課長よりも俺の方が君を大切にするのに、って」
告白なのか気持ちの説明なのか、一体なんなのか。
よく分からないまま言い切ってしまい、気まずくてポリポリと頭をかいて視線を泳がせた。