1ページ過去編
梅林の花は咲き乱れて
「お嬢様、お風邪を召されます」
霧雨の降る中。
僕のさし掛けた傘から、すい、と抜け出て、
彼女はたわわな花の下へ駆け寄る。
「もう良いわ。
下がっていて頂戴」
頭を下げ、屋敷へ戻る途中。
一度だけ振り返った彼女は。
左腕に抱いた本と、梅の幹に付いた右手。
しなやかに、しとやかに。
霞む中、桃に白に、咲き乱れる梅の中で。
彼女の姿は、まるで一幅の絵のようで。
ああ、いよいよ僕では手の届かない人なのだ、と…。
そう知れてしまって。
頬を伝う雫は、霧雨の凝ったもので。
例えこれが涙だとしても、胸が痛むからなどではなくて。
……きっと、その、美しさのせい。