1ページ過去編

月夜のうさぎ


うつむく子供。

「泣いているのかい?」

声をかけたのは、真っ赤な瞳の他は、髪も肌も服さえ白いひと。

子供は無言で顔をあげる。

「少しだけ、話し相手をしてあげようね。
だから泣くのはよしなよ」

微笑みは美しく。

「少しだけ?」

揺らぐ瞳の中に、鮮やかに映る。

「…行くところがあるからね」

視線をそらすのが惜しい程に。

「なぜ泣いているんだい?」

茫然と見とれる子供に、静かに問い掛ける。

「…ここに、誰もいないから」

途端に満ちる涙は、零れる前に拭われる。

「寂しくて?」

優しい手に頬を拭われながら、違う、と思った。

「…怖くて」

そんな中、ぽろりと零れた言葉。

「何が怖いんだい?」

「…何だろう」

思い出せない。

何かがあったのはわかるのに。

「そうかい。
泣きすぎて疲れてしまったのかもしれないね。

少し眠ると良いよ」

「でも…」

その間に、居なくなってしまう気がした。

「目が覚めるまで、どこにも行かないから」

向けられたのは、穏やかな微笑。





ふ、と目を開ける。

子供は白いひとの膝に頭をのせて臥していた。

ゆっくりと髪を梳かれながら。

「目が覚めたのかい?」

微かな肯きを返す。

「…夢を見ました」

「そう」

「長い夢」

「どんな?」

「これが夢だっていう夢」

「そうだねぇ。
それがわかったなら、早くお帰り」

切なく響く声。

「あなたは?
…うさぎさん」

微笑は寂しげに曇り、赤い瞳が揺らぐ。
それから、茶化すように笑って。

「月にね、還るんだよ。
…十五夜が近いからね」

子供は霞む姿に必死に縋る。

「可愛がってもらったからね、最期に、思い出させてあげようと思って」

美しい微笑が消えていく。

「私は、守れなかったのに!?」

そのひとは、消えて行きながら、ゆっくり、首を振った。

「そんなことはないさ。
いいかい?……」

手のひらを、握られて。
直後、
全てが真っ白になった。





がばっと、起き上がったのは白い部屋の中。

「うさぎさん…」

手の中にあった小さな赤い石を、しっかり握り締める。

「もう、大丈夫」

誰に、何を言われたって。
もう、怖くない。
< 3 / 23 >

この作品をシェア

pagetop