天の神様の言う通り
 冴子は無事、部屋へたどり着くことができた。
 「ありがとう。その、ちょっと降ろして。風月……ちゃん?」
 冴子は、上目使いに自身を抱き上げる人物に言った。
 ここまで無事たどり着けたのは他ならぬ、彼のおかけだ。
 視線の先には、見慣れぬ相手。否、見慣れぬというのは、語弊がある。
 頭から生えた猫耳に、おかっぱ頭、着物から出た二本の尻尾も馴染みがあった。その顔にも、風月の面影が残っている。
 しかし今の風月は、成長していた。冴子を抱き上げる力。大人びた顔。少年を飛び越し、花鳥と同じくらいの青年に見えた。しかも、美青年だ。
 風月の兄だと言われた方が、まだ納得できただろう。
 『しかも、こっちが本来の姿って』
 こんな情況でなければ、風月との日々を思い返し、冴子は苦悶しただろう。
 風月……と、おぼしき青年に冴子は転倒をするところを助けられ、そのまま包まれるように、ここまでやってきた。
 その動きは俊敏かつしなやかで、障害物を難なく避ける姿は、さすが猫又である。冴子一人ではああはいかなかっただろう。
 部屋の中に入った冴子は、迷いなく部屋の一角へ向かった。櫃の蓋を勢いよく開く。
 「確か、ここに……」
 乱雑に中の物を出す。放り出すといったほうがいい。
 「あった!」
 冴子の目が輝く。風月も冴子の声に後ろから覗き込んだ。
 冴子は、手拭いにくるまれたそれを取り出す。
 ころんとした琥珀色のそれは、一見すると丸い鼈甲飴。
 「それ!」
 風月の声に、冴子は頷く。
 「ここに来てまだ間もない頃、女の人にもらったの」
 風月と出会う以前の話。
 多くの異様や不思議を経験した、今でこそいくらか免疫がついたものの、あの頃はまだ全てが衝撃的だった。
 中でも、彼女との出会いは最たるもの。
 血だらけの女の人が目の前に現れ、飴らしきものを渡して寄越すなど、驚かない人間がいるだろうか。
 当然、口に入れてみようなど思いもしない。飴かどうか確認することもしなかった。
 恐ろしくて、けれど、捨てると呪われそうな気がして、手拭いにくるみ、櫃の奥へ二度と見ることがないようにしまったのだ。
 だから、内心ホッとしていた。
 以来、そのままにいていたためちゃんとあるか、確証が持てなかったのだ。
 「風月ちゃん、連れてってくれる?」
 心苦しいが、ここへ来るまでも一人では一苦労だったのだ。あの場所に単身で乗り込める自信は、現実問題なかった。
 冴子の問いに、風月は微笑むと手を伸ばした。常より大人びた笑みに、少したじろぎつつ、自身に伸ばされた手を掴んだ。
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