めぐり逢えたのに
しばらくして、彼は風船を手にして戻って来た。

黙って私に風船を渡すと、どこから調達してきたのかみかんを取り出して、私の前でジャグリングをはじめた。

みかんが3コになり、4コになり、くるくる歩き回ったりジャンプしながら5コになった頃には、ちょっとした人だかりもできていた。
彼のユーモラスな芸に私も思わず笑ってしまい、私が笑ったのを確認すると、ジャグリングを終わらせた。

終わると観客から盛大な拍手をもらい、彼はにっこりお辞儀をしてそれから私の横に座った。

「上手だね。」

「うん、さっきのポスターの出し物、サーカスとお芝居があわさったような 公演だったから、すっごく練習したんだよね。」

「ふーん……」

「さっきの知り合い、この公演を最後に役者をやめちゃったんだよねー。彼女、いい役者だったのに、家の都合がいろいろ重なっちゃってさ、ポスターを見たら、色々思い出したんじゃないかなあ。何だか気持ちが分かるだけにね、ごめん、さっきは、気悪くしちゃったね。」

「気、悪くしたよ……、私は抱きしめてもらった事なんかないもん。」

彼はくすくす笑った。

「もうちょっと大人になったらね。」

「もう、大人だよ。」

「あれぐらいで怒るようじゃ大人とは言えないでしょ。さ、少し散歩しよう。」

彼はこんな風に気をそらすのが上手かった。いつも煙に巻かれたみたいで腑に落ちないときも多々あったけど、でも……、そんなところも大好きだった。


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