めぐり逢えたのに
私たちは大急ぎで走り、私は係の人に、ありがとう、とにこやかな笑顔でいい、急いで助手席のドアを開けて彼を押し込んだ。
それから、運転席の方に周り、降りてくる係の人にこそっと千円札を渡しながら、

「とても急いでいるの。どうもありがとう。」

とお礼をいい乗り込んだ。
キーはすでに差し込んであるので、後は発車させるだけだ。
車を滑らせて、敷地を出て、最初の信号を曲がった後、私はようやく一心地ついた。

係の人は気付いただろうか? 今ごろ騒ぎになっているだろうか?

「大丈夫だよ、そんなに慌てなくても。」

彼が今ごろになってのん気なことを言い出した。

「オレは先に帰る、って挨拶したし。」
「ならいいけど。係の人が噂したりしないかな。」
「どこに行くの?」
「うちに決まってるじゃない。」

答えて、私は、彼と最初に駅で待ち合わせをした時に同じようなやり取りをしたな、と思い出しておかしくなった。

最も、あの時は歩きながら彼のアパートに向かっていたのだけれど。


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