めぐり逢えたのに
「これ、今までいっぱい練習したでしょ?!」

「そりゃあ、役者だからねぇ、観てる人がドキドキしてくれる程度には上手にできないと。」

しれっと憎まれ口をたたく。でも、私は、こういう答え方をする彼に本当にぞっこんだった。

「それに、万里花ちゃんだってどうなの?結婚してるわけだし。」

そうだ、すっかり忘れていたが、私は結婚していたのだった。
私は佐々倉との結婚のいきさつを改めて詳しく説明した。関係を持ったことがない事は、ちゃんと強調しといた。

「ねえ、私も結婚したわけだし、もう高校生じゃないんだから、『ちゃん』はないんじゃないかと思うんだけど。」

「ああ、そうだね。もうすっかり大人だもんねぇ。」

わざとらしく「大人」にアクセントをつけてくる彼が小憎らしい。私がぷっと膨れると、

「ほんとーに『大人』になったね、万里花さん。」

と陽気に皮肉る。

それでも、それから、彼は私のことを「万里花さん」と呼ぶようになった。私はこの呼び方がとても気に入っている。



< 158 / 270 >

この作品をシェア

pagetop