めぐり逢えたのに
「ああ……、そうか、そういうことか。
結局あの後、2、3ヶ月した頃かな、何の前触れもなく唐突に、来年の公演に主役で出て欲しい、って事務所に連絡が来たんだよね。
もちろん承諾したんだけど、話を聞くと、丸の内劇場の五谷の脚本・演出っていうから、そのときはイタズラ電話かと思ったぐらいだったんだよなあ。

全然気付かなかったけど、そういうことか。
オレも鈍いな。

確かに、万里花さんのお父さんと話した時に、お詫びのしるしに一つだけ欲しいものをプレゼントする、って言われたんだよな。」

彼は、そうか、そういうことだったのか、とか、うまいこと丸められたんだなーとか、戸川の古だぬきはさすがだなあとか、ぶつぶつ呟いていた。

それを見ていたら、なんかガックリと力がぬけていって、もうこんなことはどうでもいいのかな、って思った。

だって、彼があのメモをずっと(肌身離さず)持っていたという事実が、本当に私を想ってくれていた何よりの証拠だと思ったから。


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