めぐり逢えたのに
「最も……、私も若いときにはだいぶ無茶をしたものだが。今となっては孫の顔をみるのだけが楽しみだよ。」

無邪気に笑って、またコクコクと飲み干す。佐々倉も私もすっかり父のペースに巻き込まれていた。

「『戸川』の跡継ぎが出来ませんと、安心できませんか?」

佐々倉の精一杯の反撃だったに違いない。それでも父はカラカラと陽気に声をあげた。

「『戸川』には直樹くんがいるじゃないか。私は何も心配していないよ。」
「そうよ、由起夫さん。万里花だってまだ若いんだし、今は二人っきりの生活を楽しみたいんじゃないかしら?」

母が朗らかに口を挟む。
私はうまい皮肉も思いつかず、かと言って、自分の本音をぶちまける勇気も持たず、目の前にある酒に悪酔いしそうだった。

口を開くと余計なことを言ってしまいそうで、私は次々に杯を重ねていった。八海山がするりするりと喉を通り抜けて行く。

「二人だけの生活か……。さぞかし甘いことだろう。」

父の言葉がぐさぐさと突き刺さる。
父は、言外に、付け上がるなよ、というニュアンスを漂わせて、何でもないような顔をしながらにこやかに脅しをかけてきた。



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