めぐり逢えたのに
「お義母さんご無沙汰しています。早速ですがいいですか?」

佐々倉は挨拶するのももどかしい、という感じで靴をぬいで上がりながら、母を促した。
母の方も心得たように佐々倉を家の中へ招き入れて案内した。

私たちが行ったのは、家の奥にある父の書斎だった。
佐々倉は父の書斎に入ると、端から書類に目を通して行った。

「何してるの?」

「リコール隠しの証拠を探してるの。知ってたみたいなんだよね……、社長。だから何か出てくると思うんだ。そこのコンピュータ、立ち上げてくれない?」

書類を探す手を休めず、佐々倉は私に言った。私は言われた通り立ち上げたが、ログインができない。

「パスワードなんてわかんないよ。」
「名前?誕生日?結婚記念日?お義父さんが大事にしてたことって何だ?」
「あ!」

私は思いついて、panthere noire と入れてみた。コンピュータはすぐにデスクトップを写し出した。

「ログインできたみたい。」

「クロヒョウ……?なんでそんな言葉。」

「小学生の時に、パパがどんな車が欲しい、って聞くから、私が答えたの、クロヒョウみたいな車って。しなやかで音もなく速く走るかっこいい車、ってね。
それで、パパが、最高にクールなの作るぞ、って笑ったから。そこから、いつかそういうクルマをつくるのがパパの秘密の目標になったの。」

「で、何でフランス語?」

「その時、ニースにいたから。」

「なるほどね。ジャガーじゃなく豹ってわけだ。」

「クロヒョウの方がずっとセクシーでしょ。あんな無骨なジャガーなんて戸川で作らないわよ。」



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