めぐり逢えたのに
私は母の止まらないおしゃべりをぼんやり聞きながら、また、父の言葉を反芻していた。

「直樹くんに任せておけば、『戸川』も『万里花』も間違いないだろう。」

私は、父が私を佐々倉と結婚させた意味を理解したような気がした。
父は、どんな手を使おうとも「戸川」を守りたかったのだ。そして多分、戸川の娘である私のことも……。

私は、「戸川」を守っていかなくていいのだろうか。

目の前に運ばれたハンバーグはやっぱりデミグラスソースが絶品で、いつもの味に私は安心した。慣れ親しんだ味。私は、結局そういうものを選んでしまうのだ。

私はランチの後、ギャラリーに戻る途中で佐々倉に連絡を入れた。

「副社長就任おめでとう。さすがに佐々倉先生の息子は大した働きだった、って母が言っていたわ。」
「ずいぶん、ひねくれたお祝いの言葉だね。」
「あら、お義父様のお口添えがモノを言ったのは確かなんでしょう。」
「……マリカ様は相変わらずプライドが高いな。」

なぜだか、私は、佐々倉に対しては、遠慮のない本音をずばずば言えた。
いつでも佐々倉にぐしゃぐしゃとした心の内を吐き出すことが出来たから、今の生活をなんとか上手くやっていけてるのかも知れない。

そして……、佐々倉の心の痛みを知っているのは、理解できるのは、多分、私だけだ。
ご両親に対する割り切れない気持ち、しおりさんへの想い、別れてしまった悲しみ、私は、自分のことのように彼の気持ちに寄り添うことができる。

「今晩、軽くお祝いしましょう。ゆっくり話したいこともあるし。」
「……わかった。」

佐々倉がごくりとつばを飲み込む音が聞こえたような気がした。



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