めぐり逢えたのに
佐々倉は興奮することも照れることもなく静かによどみなく言葉を紡ぐ。

「そして、あなたは『戸川』を離れる、というわけね。」
「そうなるな。」
「『戸川』か『拓也』か、どっちか選べってこと?」
「ま、端的に言えば。」
「私が『戸川』を捨てられるわけないじゃない。」
「知ってる。」
「これって、脅しじゃない。」
「君のお父さんから教えてもらったんだよ。欲しいものを手に入れる為には、時として汚い手を使うことを躊躇してはいけない、ってね。戸川流だよ。」

言ってることはとても強引だったが、その淡々とした口調からは、佐々倉の意志ははっきりとは知りかねた。
もしかして、佐々倉自身もどうしていのか決められないのかもしれなかった。

叔父さんだって、他の人たちだって、戸川を潰したりしないだろう。
現に、父が亡くなった後だって、問題なく動いているではないか。佐々倉が戸川を離れたところで何が変わるってわけではない。例えば、パンテェールノワールなんて車だって、佐々倉がいたところで作れるかどうかなんてわからないし。



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