めぐり逢えたのに
若葉の爽やかな頃、「64」の公演が始まった。

昨年綺麗に化粧直しされた丸の内劇場の前に立ってると、頭がくらくらしてくる。私が観に行った彼のどの公演よりも立派な舞台だ。

そこには母の知り合いとその息子という人も一緒に来ていた。私は「ああ……」、とちょっと思ったけれど、そんなことはどうでも良かった。

幕が上がると、暗い舞台の上に彼の姿が浮かび上がった。

その瞬間から、この世の全ては私と彼だけになった。
彼のところだけスポットライトが照らされているようで、舞台の上で輝きを放っていた。

私は彼以外のものは何も見えなかったし、彼の声が聞こえる度に、体が痺れていくようだった。芝居の間中、まるで幽体離脱して彼のすぐ隣りにいるかのような錯覚を感じた。幕が下りた時も、周りの人とか音が全然耳に入ってこず、彼が私にずっとささやき続けてくれているように感じた。
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