きみと、春が降るこの場所で
◇
高熱を出したあの日から、彰さんが言っていた通り、詞織は起きている時間がかなり少なくなった。
目を覚ましてもまだ半分夢の中だったり、起きた矢先に眠りに逆戻りしたりと、俺の事を認識しているのかすら怪しい。
それでも、目を開けた一瞬に名前を呼ぶと、かすかに唇が動く。
『さく』と動いているような気がするんだ。気のせいだったら、恥ずかしいけれど。
詞織のそばにいると、相変わらず時間の流れは緩やかで、外に出ると2倍速で時間が経つような感覚を覚える。
高校3年生になった俺はそのおかげで、周りの空気に飲まれずに、自分のペースを保てているのだと思う。
「また明日、詞織」
日が長くなって、病室にいられる時間も増えたけれど、面会時間には逆らえない。
それからこれは、詞織にバレたら困る事。
起こさないように、けれど少しだけ期待を込めて、詞織の額に唇を押し付ける。
ほんの少しだけ、見間違いかもしれないけれど、詞織が笑った気がした。