きみと、春が降るこの場所で
河川敷に近くなるにつれて弱まり出した雨脚は、俺が立ち止まる頃には完全に途切れた。
前髪から滴る雫が視界を遮ったけれど、俺は確かに、1本だけ抜きん出て高い桜の木に視線を向けていた。
無意識、だったんだと思う。
その証拠に、しばらく立ち尽くしたまま、言葉も出なかった。
「朔」
なんで、いるんだよ。
白い合羽を着て、ひよこ柄の長靴を履いて、長い髪は濡れてぺたんこになっていて。
それでも、俺の名前を呼んで、詞織は笑った。
「こんの…馬鹿が!」
「ばかじゃないよ。あんまり頭がいいわけじゃないけど…って、前も言ったよね」
俺だって学ランはびしょ濡れ。タオルなんて物はもちろん持っていない。手ぶらで飛び出してきたのだから。
せめて水分を絞ろうと詞織の髪に触れると、細い肩がビクリと震えた。
怖がらせてしまったのか、それとも単に驚いただけなのか。
詞織は何も言わないから、俺も黙ったまま、しっとりと濡れた髪を梳く。
「……朔。桜、綺麗だね」
詞織の声に誘われて頭上を仰ぎ見る。
当然だけれど、桜の花弁は数える程度にしか残っていない。
地面に落ちているんだ。そしてその一部を、今俺は踏んでいる。
「こんなんじゃないだろ。見たかったのは」
「ううん。何年前だったかなぁ…桜が満開になった矢先に大雨が降って、その時に見た景色と同じ」