きみと、春が降るこの場所で
詞織は地べたにしゃがみ込んで、落ちた花弁に触れる。
懐かしむような表情の奥に何かが陰って見えるのは、雨に濡れた彼女の頬が青白く変色しているからだろう。
もの哀しげに見えるのも、そのせいだ。
多分俺が勝手に、そんな影を見ているだけ。
「また来年、見に来るよ」
それは俺に告げられたのではなく、桜の木に向けて発せられた。
約束、と呼ぶには頼りない、返事のひとつもない、儚い“なにか”。
果たされないかもしれない、そんな可能性のあるものを、約束と呼んでいいのか、少しだけ迷う。
「なあ」
「なあに?」
「お前、もうすぐ死ぬって言ってたろ」
何の配慮もない不躾な事を口にした。
だって、俺はそれをこの耳で聞いたから、知らないフリは出来ない。
詞織は瞬きひとつしないけれど、1度だけ、喉を震わせる。
「死なないんじゃないかなぁ」
たっぷりと間を置いて、言葉涼しとはかけ離れているものの、ただの気紛れではなさそうに、言う。
「じゃあこの前のはなんだ」
「うーん。あれは常套句みたいなものだよ。何となく毎日ちゃんと生きてるし、そりゃあ平均年齢よりはうんと早く死んじゃうだろうけれど、今日明日の話じゃないよ」
「なら、明後日は」
ピクッと目元が震える。
よく見なければ気が付かない程の、些細な動き。
ただの筋肉の収縮ではなく、詞織が何かを感じて、隠そうとしたけれど隠しきれなかった変化だ。