きみと、春が降るこの場所で





詞織が待ちに待った退院を迎えたのは、照り返しがキツく目を焼くような、7月の始まりを少し過ぎた日。


本当は朝には家に帰る予定で、詞織の父さんも平日に丸1日休みを取っていたのに、詞織が俺を待つと言い張って動かなかったらしい。

いつも詞織が座っているソファに、ピシリとしたスーツを着込んで、姿勢よく足を組む男の人が座っているのが見えて、つい生唾を飲む。


ボロボロのスクールバッグを背中に庇う様に肩に担ぎ直して、ピンと背筋を伸ばす。


まずは挨拶だ。第一印象は大切なんだから、しっかりしないと。


深呼吸を何度も繰り返して、いざ一歩踏み出そうとした時、ポンと肩を叩かれて前のめりに倒れそうになった。


「な、なんだ…っ」


「朔、なにしてるの?」


きょとんとした顔でハンカチを片手に持つ詞織は、そう聞いておきながら、俺の脇から顔を出して、あの男性に声をかける。


「お父さん!」


ああ、そうだよな。やっぱり詞織の父親だよな。

どことなく目元が似ているし、足元に置いてある大きなカバンには詞織の荷物が詰まっているんだろう。


「詞織」


詞織の父親。世界で一番、詞織の名前を呼んだ人。

和らいだ目元が更に詞織とそっくりだ。


「俺…あ、いや、僕、新島朔です。詞織さんとは友達…みたいな」


しどろもどろになりながらも、ペコリと頭を下げる。


友達、と言ってしまっていいのか悩んだ。

関係は間違いなく、紛れもなく友人であるのだけれど、何かが足りないような気がして。


「初めまして。田山彰(あきら)といいます。詞織から話は聞いているから、そんなに硬くならなくても大丈夫だよ」


立ち上がって丁寧に会釈を返す姿に、思わず感嘆の息が漏れる。

堅苦しくならないように、言葉を選んでくれているのだろうけれど、それが余りにも自然過ぎて。


お父さんと呼ぶのは少し照れくさいから、彰さんと呼ばせてもらおう。


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