きみと、春が降るこの場所で
知らず知らずのうちに肩に入っていた力を、息を吐くと同時に抜く。
詞織が俺の後ろから飛び出て、彰さんのそばに寄っていった。
「お父さんも朔の事大好きになるよ、きっと」
「そうか。そうだろうな、詞織」
俺の前でするなよ、そういう話は。
いない所でされていても相当恥ずかしい話だけれど、目の前で聞かされるよりはマシだ。
お父さん“も”って事は、詞織は俺の事が大好きなのかとか、嫌でも考えてしまうだろ。
「挨拶は済ませているから、行こうか」
彰さんが手に取ったボストンバッグを代わりに持つくらいはするべきだったのに、そこまで気を回す余裕は消えていた。
最初から余裕なんて微塵もなかったけれど。
車に乗り込んでからというものの、バックミラー越しに彰さんと目が合うたびに緊張して、会話どころじゃない。
決して居心地が悪いわけではないのに、年上の人を相手にすると普段通りでいいのかわからなくなる。
同級生と騒いだり詞織といる時の自分が本来の俺なのだから、背伸びをしたって見抜かれるに決まっているのにな。
少しでも良く見せたいと思うのは、詞織の父親だからだろうか。
詞織は久し振りの外の景色に釘付けで、こっちを見ようともしない。
いよいよ沈黙が辛くなってきた時、タイミング良く彰さんが話題を切り出す。
「朔くんは高校2年生だったかな」
「はい、そうです」
「詞織は年下の友達は多いけど、同い年の友達は珍しいからね。会いたいと思っていたんだ」
詞織に年下の友達が多いという理由は、何となくわかる。
病院内ですれ違う子供が、詞織に手を振る姿を何度も見かけたから。
ただ、詞織があの子達を友達と思っているのかと言われたら、それは違うだろう。
というか、今、俺の知らなかった事を聞かされた。
「詞織って…俺と同い年なのか」
「言ってなかったっけ?」
すっとぼけた顔で、話だけは耳に入れていた詞織が首を傾げる。
言ってねえよ。聞いてない、そんな事。
思えば、詞織は俺の事は何でも聞いてくるけれど、自分の事は何も言わなかった。
詞織の病気が何なのか、それも知らない。