きみと、春が降るこの場所で
窓の外の景色が、段々と移り変わっていく。
ビル群を抜けて、住宅街を抜けて、山間にぶつかる寸前に、車道に沿って車が右折した。
「お父さん、もうすぐつく?」
「すぐ着くよ」
そんな2人のやり取りに感じる違和感が、薄れていく。
自分の家なら、わかるはずなのに。
誰に聞かずとも、その場所を知っているはずなのに。
詞織にとっては、当たり前じゃない。
詞織が笑う出来事は、普段俺が見過ごしているような些細な物事。
ひとつひとつ、拾い集めて気付いていく内に、違和感は薄れていった。
だって、詞織の感じる全てを、俺も知っていた。
ずっと昔の事過ぎて忘れてしまっていたけれど、本当は忘れてはいけなかった。
徒歩のリズムが心音に近いこと。
見上げた空の色がいつも違っていること。
これからも詞織がいると、信じていてはいけないこと。