きみと、春が降るこの場所で





詞織に聞いていた通り田舎に分類される地域は、山に近いとはいっても道路はきちんと舗装されて、立ち並ぶ民家のほとんどが現代の造りをしていた。


目視出来る範囲に、さっき通り抜けてきた住宅街があるから、さほど街から離れているわけでもなさそうだ。

この距離なら、多分自転車で会いに来られる。


和モダン風の二階建て家屋の敷地に彰さんが駐車をする。

車を降りるなり、彰さんから鍵を受け取って一直線に玄関に向かう詞織の背中を目で追いながら、彰さんに言う。


「嬉しそうですね」


「そうだね。詞織は家が好きな子だから、戻る時は大変だろうな」


彰さんとは、ようやく少しだけ自然体で会話が出来るようになってきた、気がする。

リビングらしき部屋のカーテンが開いて、詞織が顔を覗かせた、かと思うとすぐにどこかへ行ってしまった。


「詞織は子供っぽいだろう?」


トランクからボストンバッグを下ろして、彰さんがポツリと呟く。

俺に問いかけているのに、それは独り言のようにも聞こえた。


「迷惑をかけていたら、すまない」


迷惑なんて、そんな事。

あるわけがないと、言いかけて、やめた。


「俺は…」


詞織を迷惑だと思った事は一度もない。


言動はどこか抜けていて、詞織の常識と世間の常識には少しの差異があるけれど、それは彼女の見てきた世界が時を止めていただけ。

今はもう動き出した時間の中で、俺と一緒に色んな物に手を伸ばしている。触れて、聞いて、見る事で知ろうとしている。


最初は多分、同情心があったんだと思うけれど、今は違う。


「俺は、詞織が生きていく世界を見ていたいです」


これから、詞織が知る世界を、彼女の隣で見ていたい。


けれど、それは。


「あの子は長くは生きられない」


彰さんは、父親として一番口にしたくない事を、それでもはっきりと言ってくれた。


嘘でも長く生きられるとは言ってほしくなかった。

優しい嘘は、傷無しではつけないものだから。


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