きみと、春が降るこの場所で
詞織がこれから先を生きていく時間が、あとどれくらい残されているのか、そんな事はわからない。
だけれど、もう気付いている。
詞織が頑なに病気の話をしないのは、俺に知られたくないからではなくて、これからの時間を大切にしたいからだって。
誰かの為じゃなく、自分のために生きようとしているのに、それを俺が邪魔してどうするんだよ。
何も知らないフリをするのではなくて、知らないのだから、それでいいんだ。
詞織が笑って、生きていく世界を隣で見ていられる事が嬉しいから。
彰さんはしばらく唇を薄く開いたまま、呆然としていた。
その瞳の奥は、詞織を見ているのだろう。
「詞織が言っていた通りの人みたいだね、君は」
「え…俺一体どんな奴だと」
「“朔はわたしが生きる理由にはならないけれど、それでもそばにいて欲しい人”だと、言っていたよ」
何か、とんでもなく恥ずかしい紹介をされているのかと思った。
生きる理由も生きていく理由も、詞織が決める事で。
俺なんかがその理由になれると高望みをしていいわけがない。
ただ、細い糸のような関係を、詞織が繋いでいてくれるその言葉が嬉しくて、頬が緩みそうになるのを何とかこらえた。
「詞織と一緒にいてやってくれないか。私はいつもあの子のそばにいられるわけじゃないから」
「俺は詞織が嫌って言っても、そばにいますよ」
だから安心して下さい。
詞織の前では見せない顔を俺に見せてくれた彰さんに、深く頭を下げる。
彰さんはポンと俺の頭を軽く叩いて、家の中へ入るように促した。