きみと、春が降るこの場所で


玄関に踏み込むと同時に、ほのかなヒノキの香りが鼻を突く。


外観もそうだけれど、内装も綺麗で、さほど築年数は経っていないように見える。


「彰さん、この家ってもしかして、最近建てたりしました?」


「ここを建てたのは6年前だから、最近といえば最近だね。内装も特にこだわっていないし、真新しい家に見えるかな」


家や部屋は、人がいなければ駄目になってしまうというけれど、それと近いものを感じる。


どことなく、寂しい雰囲気がした。


「朔くん、悪いが詞織の荷物を上に持って行ってくれないかな。夕飯は温めるだけだからすぐに出来るし、それまでゆっくりしていていいよ」


「や、俺は帰ります。せっかくの親子水入らず…?なのに、邪魔は出来ません」


詞織は俺がいても何の違和感もなく喜ぶだろうけれど、彰さんにとっては娘との久し振りの食事なんだ。

今日顔を合わせたばかりの男を交えての食事なんて、気を遣わせたくない。


「そう言わずに。こんなおじさんで良ければ話し相手にもなってもらいたいしね。ああ、朔くんのご両親に訊かないといけないか」


「や、うちは別に平気なんですけど…いいんですか」


「もちろん。さあ、詞織の荷物は頼んだよ」


俺の気が変わらない内にと思ったのか、彰さんはずっしりと重いボストンバッグを俺に手渡す。


背中を押されるままに2階への階段を上る。

階段の横は1階に吹き抜けになっていて、立派な天窓の向こう側にはオレンジ色の空が広がっていた。


廊下の突き当たりの部屋のドアが空いていて、詞織が背中を向けているのが見える。


「詞織、荷物持ってきた」


声をかけると、ぼうっと窓の外の景色を見ていた詞織が大袈裟に肩を跳ねさせた。


「びっくりした…そっか荷物。忘れてた」


「忘れんなよ」


様々な動物の模様が描かれたラグにボストンバッグをおろして、ぐるりと部屋を見回す。


「あんまり見ないで。恥ずかしいよ」


長く家に帰っていないにしては、少しだけ散らかっている室内。


床にポツンと放置されたテディベアを大事そうに抱きかかえて、詞織が目を逸らす。

けれどそんな事はお構いなしに、じっくりと棚から机の上まで目で物色してやった。


「あんまり片付けは得意じゃないの。えっと……朔、なにか言ってよ」


「ベッド小さくね?」


「そこ!?小さくないよ、わたしにはちょうどいいもん」


セミダブルのベッドを見慣れているせいで小さく見えるのか、いやでもやっぱり小さい。それに脚が短い。

詞織なら余裕で収まるだろうけれど、俺が寝転がったら膝下がはみ出る。


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