きみと、春が降るこの場所で


ベッドに座る詞織と、ラグの上に胡座をかく俺。

特に会話もなく、詞織といる時によく感じるゆったりとした空気が流れる。


山に近いからか、日暮れを早く感じるけれどまだ6時前だ。


長く尾を引く鳥の鳴き声、風の音まで、鮮明に聞き取れる。

詞織が家を好きな理由が、わかる気がする。


「朔は夏休みいつからなの?」


手持ち無沙汰な詞織に貸した背中には、何度も繰り返し『朔』と書かれている。

指の感触がくすぐったくて、心地いい。


それで、夏休みはいつからだっけな。

いちいち覚えてねえよとは言えずに、カレンダーを盗み見る。


壁にかかった今年のカレンダーは、1月のまま。


アテにならないカレンダー。詞織は捲っていない事に気付いていないんだろう。

あれに気が付いた時、詞織は何を思うんだろうか。


「22日とかだったと思う」


「じゃあ夏休みになったら泊まりに来てね」


「あー…わかったわかっ……は?」


聞き流して、適当に返事をしたつもりじゃなかった。

ただ、本当に自然と。


『わかった』と言ってしまった。


「やったぁ!朔はここで寝てね。わたしが床で寝る!」


ポンポンとベッドを叩きながら、嬉しそうに俺の顔を覗き込む詞織。


そんな顔して、嫌だなんて言えねえじゃんか。


さすがに同じ部屋はまずいんじゃないかと言うと、わかり易く落ち込んだ表情に変わるから、もう黙り込むしかない。


彰さんにどう説明すればいいんだよ、バカ詞織。


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