きみと、春が降るこの場所で
その後、彰さんに呼ばれてリビングにいくと、なにか特別な祝い事でもあるのかというくらい豪華な食事が並んでいた。
詞織が家にいる、それだけで彰さんにとっては特別で大事な事なんだろう。
それを、誰も悲しいとは思っていないこと。寂しいと感じていないこと。嬉しいことだと、捉えている事実。
俺がおかしいんだろうか。人のことで泣きそうになるくらい、それを変えてやりたいと思うんだ。
詞織がいつもここにいる日々が、違和感なく続いていくように。
「いただきます」
パンっと手を合わせた詞織が、小皿におかずを盛っていく。
「朔くんも沢山食べるんだよ」
箸を持ちはしたものの、腕を伸ばさない俺にそう言いながら、彰さんは膝に置いた手を動かそうとしない。
彰さんは、真っ直ぐに詞織を見ていた。
視線はやっぱり、愛おしげだ。
口に運んだ味噌汁の味も相まって鼻の奥、目頭の間が熱くなる。
薄めの味付けも、テーブルに並べられた料理も、詞織のためのもの。
あたたかい家庭。俺の家とは違う。
「美味しいね、朔」
違うのに。詞織と俺はどうしたって違う人間で、違うものに囲まれていて。
それなのに、そうやって俺に笑いかける。
「美味い。すごく美味しいです、彰さん」
「そうか…うん。嬉しいね、美味しいって言ってもらえるのは」
彰さんが耳元を触りながら、照れ隠しをするようにコップに注がれた麦茶を飲み干す。
「お父さん前はお鍋焦がしてたもんね」
「し、詞織。それは言うなって」
詞織がときどき彰さんを茶化して、俺がそのやり取りに吹き出して、だんだんと皿の中身がなくなっていく。
彰さんは味噌汁と白米を食べただけで、そっと箸を置いていた。
「ごちそうさまでした。すみません、俺食べ過ぎましたよね」
「いやいや。沢山食べてくれて作った甲斐があったよ。それに私は後で晩酌があるからね」
さて、と立ち上がった彰さんが鍋や皿を持ってキッチンに向かう。
慌てて自分と詞織の茶碗や皿を持って彰さんの後を追うと、ひょいと食器を奪われた。
「や…あの、片付け手伝いますよ」
「いいから。詞織と遊んでやってくれないかな。片付けが済んだら送って行くよ。朔くんの親御さんにも挨拶をしないと」
帰る時の事まで気が回っていなかった。
歩いて帰ってもいいけれど、もう辺りは暗いし、知らない土地を徒歩で帰るのは少し不安がある。
帰りは彰さんのお言葉に甘えるとして、親への挨拶は本当にいらない。
会社の経営に携わっていて、かなり上の職に就いている父親は、人を見下すクセがある。
そのせいで能力はあるのに今以上の出世が出来ないのだと、一度真っ向から言ってやりたいくらいの厄介者だ。もちろん、口が裂けても言えないけれど。
とにかく、父親には会わせたくない。