きみと、春が降るこの場所で
「朔は絵を描くの得意?」
部屋に入るなり、床に散らばったクレヨンとスケッチブックをテーブルに置いて詞織が訊いてきた。
正直に言うと、あまり得意ではない。
そこまでヘタというわけでもないと思うけれど、中学の頃から美術の授業でクラスメイトに画伯と馬鹿にされてきた。
苦手かと言われると、それも少し違って。
なんて言うんだろうか。興味が無いというか、描こうと思って描いた事はない。
けれど、目の前にあるのはクレヨンで、チューリップやヒマワリくらいなら簡単に描ける気がする。
「貸してみろ」
「描いてくれるの?わたしも一緒に描いていい?」
「おう。俺より上手いのは描けないだろうけどな」
「えぇ?わたし絵描くの得意なんだよ」
スケッチブックの紙を破って、1枚を俺に渡した詞織は、黒のクレヨンを持ってベッドに乗った。
膝にスケッチブックを立て掛けて、せっせとクレヨンを走らせ出した詞織を横目に、俺も桃色のクレヨンを手に持つ。
チューリップって確か、フォークみたいに描けばいいんだよな。
クレヨンを使うのは小学生ぶりで、力の加減がよくわからない。
そういえば俺が持っていたクレヨンは全部半分で折れていたり、砕けていた気がする。
力の入れ方といい、色の濃さといい…難しいぞ、これ。
色違いのチューリップと、青い空、真っ赤な太陽を描いた所で、カタッと音を立ててクレヨンを置く。
詞織もちょうど描き終えたようで、スケッチブックを閉じてベッドから下りた。
「チューリップだ」
「そうだぞ。詞織は何を描いたんだ?」
チューリップだという事が伝わっただけでも及第点だろう。少なくとも、俺は満足した。
ぎゅっとスケッチブックを抱き締めて、心なしか頬を赤くした詞織が背を向ける。
「み、見せない」
「はあ?なんで。俺のは見たのにお前のは見せないってズルしちゃダメだろ」
「やだ!見せないもん。恥ずかしい」
見られて恥ずかしい絵ってどういう事だよ。
クレヨンで描けるものなんかたかが知れているだろうに。
「詞織ちゃん、お願い」
なるべく怖がらせないように、裏声を出す。やっべ、自分で出しておきながらすっげえ気持ち悪かった。
「気持ち悪い……」
「はっ!?食い過ぎたのか?」
「違う。朔の声。どこから出したの?」
どこからって、そりゃあ喉からだろ。
気持ち悪いと言いながら、堪えきれずに笑う詞織が油断した隙にスケッチブックを取り上げる。
あっと声を出したけれど、詞織は無理やり取り返そうとはせずに、布団に潜り込んだ。