きみと、春が降るこの場所で
空調の効いた車内で、落ち着いたクラシックを聴いていると、眠気が襲って来る。
後部座席ではなく助手席に座った俺は目を擦りながら窓の外を見ていた。
この道を忘れないように。詞織に会いに行くための道を、頭に叩き込むために。
「朔くん、少し、話をしてもいいかな」
見慣れた大通りの赤信号に引っかかったタイミングで、彰さんが切り出す。
声のトーンは変わらない。けれど、何か大切な事を話そうとしているのだと、すぐにわかった。
その横顔が、詞織の前で見せていたものとは違って、真剣だったから。
「詞織の病気の事だ」
「はい」
「朔くんは、それを知りたいか?」
詞織の病気が、なんなのか。
ずっと気になっていた事。今も詞織を思うと、中心に置かれている大事な事。
知りたいかと問われたら、知りたいと答えるしかない。
ただ、知って何が出来るわけでもない事は、わかっている。
俺は詞織に何も出来ないだろう。
そして詞織も、何も要らないと言うはずだ。
だから、それだけが理由というわけではないけれど。
「ひとつだけ、知りたいです」
「それは、何かな」
「詞織がずっと、この先も生きていられる方法は?」
詞織の体に巣食う病気の名前を知ったところで、俺はそれを反復して、理解したフリをするだけだ。
誰も望まない事を、したいんじゃない。
俺が望んで、詞織も望んでくれる事を、したいし、してやりたい。
「手術は出来ないんですか。投薬で何とかなったり、しないんですか」
簡単に言う事ではないけれど、生きるための痛みや苦痛なら、越えられると思うんだ。
それは俺が五体満足な健康体だから、安易に口に出せる事なのかもしれない。
けれど、詞織がどんなに苦しくても、生きていてほしいと望みたいんだ。