きみと、春が降るこの場所で
「手術はする意味がないんだ。治験をクリアした新薬ならあるけれど、副作用が強いらしくて、今の詞織の時間を縮めるだけだと、言われている」
“治験”
名前だけは、聞いた事がある。
確か治験のバイトなんかもあったはずだ。
治験をクリアした新薬。余りにも現実とかけ離れ過ぎていて、頭がついていかない。
既存の、詞織と同じ病気の人間に投薬、処方されている薬はないのか。
だって、いくら安全性が保証された新薬だといっても、副作用が強いんじゃ意味がない。
詞織の時間を縮める薬なんて、ただの劇薬にしかならないじゃないか。
「なら…他に、方法は?」
「その時の、延命治療しかない」
「そうじゃない!そんなのじゃなくて…詞織が」
思わず声を荒げてから、気が付いた。
ハンドルを握る彰さんの手が、震えている事に。
「朔くんが知りたくないというのなら、私は何も言わない。けれどね、詞織の病気は、似た症例はあっても全く同じ前例はない難病なんだよ」
聞いて、後悔をした。
知らなくてもいい、じゃない。
知りたくなかったのだと、言われて初めて自覚した。
「なんだよ…それ」
「ゆっくり進行していく病気だ。症状はほとんどなくて、だから詞織も私も本当は入院をする必要はないのではないかと思っていた」
俺を置いて、彰さんが話をする。
耳を塞ぎたくても、塞げない。塞いではいけない、現実。
「けれど、確かに進んでいる。時間も病気も。詞織が倒れたあの日から止まらずに、ずっとだ」
「症状がないなら、そんな事わからないじゃないですか」
「いや、わかる。目には見えなくても、証明するものはいくつもあった。症状がないというのも、今の所はの話だ」
何でもいいから、隙があれば反論をした。
彰さんはその度に、可能性の芽を摘んでいく。
やがて、俺の乱れた呼吸だけが車内に響いて、耳に反響する。