きみと、春が降るこの場所で
「ひとつだけ、覚えていてほしい」
俺の家へ繋がる坂の下の路肩に車を止めて、彰さんが俺と目を合わせた。
「詞織が生きていたいと思う時間が続く限り、あの子は生きている。終わりを遠ざける事だけが、全てではない事を知っていてほしい」
彰さんの目尻は濡れていて、目は赤く充血している。
ようやく、わかった。
俺が疑問に思って、苛立ちを覚えた全てを、彰さんも経験したんだ。
どうして、だとか。
なんで、だとか。
そんな堂々巡りを繰り返して、それでも涙を流せる人。
彰さんが詞織の父親なのだという事が、今はよくわかる。
「俺は、詞織のそばにいます」
数時間前に、全く同じ事を言った。
けれど、その時とは違う意味と固い決意を込めて、彰さんの目を見て口にした。
彰さんは同じように俺の頭を軽く叩いて、ありがとう、と小さく呟いた。
車を降りて、小さくなっていくテールランプを見送る。
曲がり角に光が消えても、俺はその場に立ち尽くして、ぼんやりと不気味に灯る外灯を見上げていた。
下を向いていると、泣きそうだったから。
男だから泣くと恥ずかしいなんて、言わない。
さっき俺はあんなにも綺麗な涙を見たんだ。俺が流す涙もきっと、彰さんと同じように透明なのだけれど。
それでも泣きたくなかった。
詞織が泣いていないのに、俺だけが泣いていいとは、思えない。
泣くなら、一緒に泣こう。
詞織がどうしようもなく悲しくて、苦しくて、笑えないくらい辛い時は、俺がそばにいよう。
そう、決めたんだ。