きみと、春が降るこの場所で


詞織の言う事はいつも、彼女の本音。


間違っている事も、勘違いをしている事も、自分のものとして発言する。


そんな所が、俺は好きだ。

詞織の真っ直ぐな想いなら、歪んでいたっていい。


けれど、俺は今やっと詞織の本当に気持ちを知る事が出来た気がしたんだ。

隠していた事。詞織がずっと、誰にも言わずにいた事だから、余計にそう感じさせる。


「病気がわかる前から、わたしはずっとこんなだった。子供っぽい遊びが好きで、勉強は苦手で、大人が嫌いだったの。だから」


「詞織」


「やっぱりわたし、綺麗なんかじゃないよ。こんなに、汚い」


小さな叫びが、耳の奥に木霊する。


綺麗だと、以前俺が詞織に言った。

その言葉は、もしかしたら詞織をひどく傷付けたのかもしれない。


詞織の思う“詞織”は、俺から見れば確かに違っているけれど。

詞織から見た“詞織”は、きっと真っ白なんかじゃなくて、俺が思う俺くらい、黒く歪んでいるのか。


それなら、それでも、詞織を。

綺麗だと言って、抱き締めてやりたい。


「なあ、詞織」


返事はなかった。嗚咽も聞こえないから、詞織は泣いてはいない。


「俺も大人になるのが怖い」


俺が見てきた大人を、心から嫌悪している理由。

あんな風にはなりたくないと、無闇に嫌う一方で、感じていた事。


俺もいつか、父親と大差ない大人になって、誰かに嫌われるんじゃないかって、怖いんだ。


詞織が大人になりたくない理由とは、ほんの少し違うけれど、俺だって怖い。


未来があるから。

時間と命が止まらなければ、逆らう事の出来ない未来があるから。


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