きみと、春が降るこの場所で


ともかく、目の前の女が着替えもせずに病院から抜け出して来ている事は大問題だ。


ああそうですか、早く帰った方がいいんじゃないですか、なんて悠長な事は言っていられない。


「帰るぞ」


「え、帰るの?学校に戻らないと怒られるんじゃないの?」


「ちげえよ。お前が帰るの。病院まで送るから、早く立て」


多分こいつは真面目に答えているし、素直に疑問に思っている。

悪意がないとはいえ、相当タチが悪い事に変わりはないが、邪険にする理由もない。


「…やだ」


小さく、けれどはっきりと告げられた一言。


素直なら聞き分けがいいというわけではない事を、初めて知った。


「やだじゃねえだろ。いいか。お前がたとえば入院してるやつだったとする」


「してるよ、入院」


「ああそう。ならわかるだろ、病院抜け出してどれだけの人に迷惑がかかるか」


例えばの話をしようとしたのに、こいつが途中で肯定するから、俺が言っておいてなんだが一気に現実味を帯びる。


抜け出した。俺がそう言い切ったのは、少なくとも任意での行動が許されて外に出ているのなら、着替えくらいはするだろうと思ったからだ。

つまりこいつは、黙って病院を抜け出して来ている。


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