きみと、春が降るこの場所で
「待て。お前が布団で寝て、俺はベッドだって前に言ってただろ」
動揺して、わけのわからない事を口走る。
同じ部屋はまずいって散々言ったはずだ。はっきりとは言えなくて、遠回しに別の部屋なら泊まると何度も、言った。
「でも、朔はわたしのベッドだとはみ出ちゃうよ」
「いや、違う。なんで同じ部屋なんだよ」
「朔が一緒でもいいなら、わたしも布団で寝る」
「話を聞け、このバカ」
掛け布団を捲って潜り込もうとする詞織の首根っこを掴む。力は入れていないのに、大袈裟に暴れるからすぐに離した。
「いいか。俺は男で、詞織は女なんだよ。少しは気にしろ」
詞織が俺をそういう目で見ていなくても、高校生の男女が一緒の布団で寝るのは、おかしい。
普通に考えて、ないだろ。
「男の子とか、女の子とか、気にしないといけないの?」
「そりゃあ…気にするだろ。俺が気にする」
常識的に考えてとか、そんな言い訳は詞織に通用しないから、素直に告げる。
気にするんだよ。俺だって、健全な男子高校生なんだから。
「そっか。ごめんね」
思いのほかあっさりと引き下がった詞織は、ベッドに乗って俺に背中を向ける。
いじけてんな、これ。
仕方ないだろ。俺は悪くない。詞織も悪くない。ただ、誰の目もないのに世間体を気にしているとか、そういう話でもないんだ。
「あー…なんだ、明日は詞織の好きな事をしていいから、な?」
好きな事もなにも、毎日詞織のやりたい事をしているのだが、ワガママも聞いてやろうという意味で。
ちらっと顔だけをこっちに向けた詞織が、不貞腐れ気味に呟く。
「…プリン、作ってくれる?」
「わかった。プリンな」
まだ忘れてなかったか。ここまで粘るって事は、プリンが好きなのだろうか。
何にせよ、明日の予定がひとつ出来た。
牛乳も卵も冷蔵庫に入っているから、買い出しに行く必要はないな。