きみと、春が降るこの場所で
「あと、明日の朝は早いから、あんまり夜更かししないようにね」
ベッドに潜り込みながら、詞織が枕元の目覚ましをセットする。
長針でもなく短針でもない、目覚まし用の針が5時ぴったりに重なるのを見て、数秒間考え込む。
5時起き…か。早いな。そんなに早く起きて何するんだろうな、詞織は。
「え、それ俺も一緒に起きんの?」
「うん。行きたいところがあるの」
5時は早すぎる。夏だから夜明けが早いし、朝と呼べる時間帯ではあるけれど、普段そんな時間に起きない俺には厳しい。
それに、行きたいところって。
「彰さんに許可もらったのか?」
ここは病院ではないから、外出に許可なんて必要ないと思うかもしれない。
けれど、どこかへ出掛けるのなら必ず俺が一緒に行く事、行き先を告げる事を忘れないようにと、きつく言われていた。
「お父さんには内緒」
「ダメだろ。彰さんが心配する」
「だから朝早く行くの。大丈夫だよ、すぐ帰ってくるから」
お願い、と手のひらを合わされて、即座にダメとは言えずに口篭る。
黙って出掛けた事がバレたら彰さんがどれだけ心配するか、詞織はちゃんとわかっている。
その上で行きたい場所がどこなのかは知らないけれど近場なら、まあいいだろ。
「わかった。俺寝起き悪いから、ちゃんと起こせよ。叩いて蹴ったくらいじゃ起きんからな」
「うん!」
明日は詞織の好きな事をすると言った手前、断るわけにもいかない。
そういう事にしておこう。彰さん、ごめんなさい。
まだ10時にもなっていないのに、布団に入って数分もしないうちに詞織の寝息が聞こえてくる。
遊び疲れたというわけではなく、ただ早く寝るのが癖になっているんだろう。
漫画もゲームもない。話し相手は眠ってしまった。
俺も寝よう。明日の朝、本当に詞織に叩いて蹴られたらたまったもんじゃない。
目を閉じると、虫の鳴き声や草木が揺れる音がしたけれど、1番耳に近い音は、詞織の寝息だった。