きみと、春が降るこの場所で
声が聞こえる。
手拍子も鳥のさえずりも、リズムを取るものは何もないのに、耳に滑り込む心地のいい声。
何の変哲もないハミングだ。それでも聞き慣れた声は詞織の居場所を教えてくれる。
「朔!」
歌声をたどれば詞織の背中にたどりつくと思っていたのに。
詞織が呼ぶ、俺の名前は、後方から飛んできた。
「朔、おはよう!」
今、それを言うのかよ。
予想の斜め上、それどころか予測さえしていなかった事を、平気でやらかす。
とんだじゃじゃ馬だ。
「おはよう、詞織」
太陽が、詞織の後ろにいる。
眩しい。けれど目を閉じた一瞬が、詞織をどこか遠くに連れて行ってしまいそうで、瞬きはしてはいけない気がした。
手を伸ばすと、重なり合う事が当然のように、小さな手のひらに触れる。
離れないように、ぎゅっと手を握ると、ひまわりに負けないくらいに明るく、詞織は笑った。