きみと、春が降るこの場所で
「わかってるよ。わかってるけど、皆に言っても聞いてくれない。ダメって言われる」
「だから、それはダメな理由があるからだろ」
「わたしがもうすぐ死んじゃうから?」
真顔。
そういう事を口にする時、人は表情を崩すものだと思っていた。
無理やり口角を上げる人間もいれば、頬に幾筋もの涙を流す人間だっていて、俺はそれが普通だと認識していた。
それなのに、目の前のこいつは真顔。
プラスにもマイナスにも、右にも左にも傾かない、0の顔。
「……何なんだよ」
おかしなやつ。変なやつ。
それでも何故か、こいつを置いてどこかに行こうとは思えない。
「わたし、詞織。田山詞織」
「しおり……」
「うん。あなたは?」
何で俺はこいつのペースに乗せられているんだ。
答える義務も義理もない。
けれど、知ってしまった。こいつの名前を。
「新島、サク」
「サクって、どう書くの?花が咲くの“咲”?」
「いや…のりって読む方のサク」
いまいちピンと来ないのか、眉を寄せて考え込む詞織に向けて、空中に指を滑らせる。
“朔”と書いた事は、何とか伝わったらしい。
「朔くん」
「それ呼びにくいだろ。朔でいい」
「んー…なら朔。朔、よろしくね」
とても入院患者とは思えないふくよかな頬にえくぼを浮かべて、詞織は手のひらを差し出す。
「よろしくって何だよ…俺はお前の友達になったんじゃねえぞ」
「じゃあわたしと友達になって?」
にっこりと屈託のない笑みを俺に向ける詞織は、根っからの純粋なんだろう。
それなら尚更、俺みたいな奴と関わるべきじゃない。
詞織の手のひらが穢れを知らない純白なら、俺は汚れ過ぎた漆黒のようなものだ。