きみと、春が降るこの場所で
◇
8月も半ばに差し掛かろうという日。
昨日更新されたばかりの今年の最高気温を、少しばかり下回る暑い日だ。
夕べ、詞織の家から帰る途中には、既に不調に気が付いていた。
案の定、朝起きると体が重くて、いつも以上に汗を吸ったTシャツがぺったりと肌に張り付く。
「あっつ……」
Tシャツを脱ぎ捨てて、エアコンの風量を最大にする。
火照った肌に当たる直風を気持ちいいと感じたのは数分で、すぐにゾクリとした寒気が背筋を駆け抜ける。
風邪を引いたんだろうな。
夜遅くまで起きているくせに、朝早くに出掛けるから明らかに睡眠時間が足りていない。
詞織の家ではきちんとした物を食べているけれど、家にいるとカップ麺や冷凍食品オンリーだから、不規則が祟ってもおかしくはなかった。
時刻は11時過ぎ。
いつもなら詞織と昼飯は何にしようかと話し合っている時間だ。
参ったな。今日も行くと彰さんに言ってしまったし、詞織もきっと心配しているだろう。
電話だけでもしとくか。この状態でチャリを漕げる気がしないし、詞織に風邪を移すわけにはいかない。
手探りで携帯を掴んで、電話帳から目当ての名前を引っ張り出す。
【詞織】と登録はしてあるけれど、これは田山家の家電だ。
早速発信をすると、1度目のコール音の途中で通話に切り替わった。
『朔…?』
初めて受話器越しに聞く詞織の声。
うん。やっぱり生の声がいいな。機械音って感じがして、電話は気に入らない。
声に自信がなさげなのは、一応伝えたおいた俺の携帯番号をまだ家電に登録していないからだろう。
俺が笑い声を堪えているからか、受話器の向こう側からは困惑した声が聞こえる。
『朔?あれ、違うのかな。もしもし、あの、えっと…』
「田山さんですか?」
『えっ!?あ、はい。田山です』
わざと声音を変えて言うと、一気に緊張感が走る。驚いてんな、詞織。
「ビビりすぎ。もっと普通に出りゃいいだろ」
『あ、あれ?朔だよね?違わないよね』
「おー。詞織面白いわ。電話初心者感が丸出し」
俺だとわかると、妙に高くなっていた声が普段通りに落ち着く。