きみと、春が降るこの場所で
とりあえず熱を計って、飯食って薬飲んで、後は寝とけば治るだろ。
平日の真昼間で、誰も家にいないのが救いだった。
心配される事はまずないだろうけれど、移すなといちいち文句を言われるのも面倒くさい。
無駄にだだっ広い家を歩き回る事すら面倒で、ふたつある階段のうち、リビングへの最短ルートを下りる。
「あっちぃ……」
服の裾を引っ張り上げて、汗でベタつく腹に風を送りながら、リビングのドアを開ける。
エアコンの風が顔面と腹に直撃した。
「は…?」
なんでいるんだよ。ついでに、なんでこんなに早く昼飯食ってんだ。
「何だ、いたのか朔」
「兄貴こそ、なんで」
俺とは違う進学校の制服を着て、トーストをかじる兄貴は、何を考えているのかよくわからない視線を俺に寄越す。
睨み合うように、お互いに目を逸らさずにいると、不意に兄貴が立ち上がった。
出掛けるのかよ、コーヒー残ってんぞ。
俺には飲めもしないブラックコーヒーはもくもくと湯気を立てている。こんな真夏にホットとか、有り得ないだろ。
「朔は、ジャムだったかな」
棒立ちのまま、リビングの入口で呆然としていると、チンと小気味よい音がした。
見ると、兄貴がこんがりと焼けたトーストを手に、冷蔵庫の中を探っている。
「マーガリン派なんだけど、俺」
「あ、そう。昔は苺ジャムばっかり塗ってたくせにな。使ってやらないと母さんが可哀想だろ」
マーガリンの容器ではなく、ジャムのビンを手に取る兄貴の背中におい、と声をかけても完全無視。
「座れば」
トーストに苺ジャムを塗りたくりながら、兄貴が目線をダイニングテーブルに動かす。
そうやって目で指示する癖、親父にそっくりだ。人の癇に障る、嫌な癖。