きみと、春が降るこの場所で
「お父さん、おかえり」
「はい、ただいま。詞織は鏡を見ておいで。髪が大爆発してるよ」
「うそ、やだ。朔見ないでね」
ブランケットを頭から被って廊下へ飛び出した詞織の髪は、一瞬見えただけだが確かに爆発していた。
あまりの慌てぶりに口元を抑えて笑う彰さんが俺の手を引く。
細身な彰さんは、意外と力があるらしい。いとも簡単に俺を引っ張りあげた。
「さあ、ご飯にしよう。朔くんはやっぱり今日は泊まるといい」
「いやいや!帰りますよ。彰さんにだって移すかもしれないのに」
「私は丈夫だから平気だよ」
丈夫とか、そんな問題じゃない。
明らかに言いくるめられているのに、何でなにも反論出来ないんだ俺は。
「それにね。明後日は、詞織を連れていかないといけないから。そろそろ渋り出すと思うんだ」
恐らく洗面所に行ったはずの詞織に聞こえないように、彰さんは声を潜める。
明後日― ―詞織が病院へ戻る日だ。
この夏の間に体調を崩す事は1度もなかったし、今後何かがありそうな予兆もないのに、どうしてと疑問を抱かずにはいられなかった。
だって、あんなに元気なのに。