きみと、春が降るこの場所で
『言わないよ。ただな、兄に向かってその言葉使いはやめろ』
「……うるせえ。明日には帰るから、誤魔化しとけ」
『本当、俺ほど優しい兄はいないと思うな。生意気な弟がいるおかげで、俺もラクさせてもらってるけど』
誤魔化しなんかしなくても、あの人達はお前の事なんて気にしない、と嫌味ったらしく言って、兄貴は一方的に通話を切った。
受話器を置いて、大きく息を吸い込む。
苛立ちは消えて、ただ、虚しい。
「……朔」
風呂上りの詞織が、階段の陰から出てくる。
聞かれたんだとわかっても、何とも思わない。
「なあ、詞織。ちょっとだけ、俺の話、聞いてくれねえかな」
歩み寄って、詞織の手を持ち上げる。
あたたかい手。いつもより柔らかい。
コクリとひとつ頷いた詞織の頭を軽く撫でると、少し悲しそうに、笑った。