きみと、春が降るこの場所で
「詞織にいい事を教えてやる」
本当は約束にしたかったのだけれど、そうするといつか詞織を悲しませてしまうかもしれないから、違う言葉にした。
「俺の未来に、詞織はいるよ」
居て欲しいんだ。夢でも残像でもなく、笑って怒って泣く詞織が、俺の未来に。
「いないよ…だって」
「だってもでもも禁止。仕方ないだろ、消えないんだから。詞織の存在がデカすぎてな」
空っぽではなかったけれどスカスカで、押せば空気が抜けて何もなくなってしまいそうだった俺の中に、等身大の詞織が入ってきたんだ。
ひとつひとつ、何も捨てたくないくらい、どれも零したくないくらい、大切な思い出。
詞織がいて成り立つもの全て、俺の大事な物になっていった。
それが変わるわけがなくて、変えられるわけがなくて。
「他には何もやれないけど、こんな奴の未来でよければ、詞織にやるよ」
これが俺の精一杯。
何も持っていなくて、何も持ってはいけない俺が唯一詞織にあげれるもの。
吐く息も吸う息も震えていて、詞織が声を出せない事はわかっていたから、背中を摩って落ち着かせる。
いつか、詞織がそうしてくれたように。
しばらくして、ずび、と鼻水をすすりながら詞織が顔を上げる。
― ― ―また、笑えるように、泣くんだよ。
詞織が言っていた通りだ。
「なら、わたしが朔を幸せにしてあげる」
腫れた目を細めて、頬に笑窪を浮かべながら笑う詞織を強く抱き締めた。