小夜啼鳥が愛を詠う
昼から、お兄さんの陣頭指揮で、お弟子さん達が窯入れをした。

……てっきり、乾燥させた土器を一つ一つ窯の中に並べるのだと思ったら、違った。
土器が並べてあった、窯の横の棚ごと、ガラガラガラーっと窯に入れた!

合理的!

そのあと、お兄さんが窯の中に入り、細かく配置を変えたり、土団子をかませたりしていた。
お兄さんのOKが出たところで、一番下の窯に詰めた薪に火がくべられる。

「このまま、薪を足しながらじわじわ温度を上げるんや。素焼きは、800度までやけどな。」

800度!
想像つかない……。

「ヒトも焼けますね。」

野木さんのつぶやきに、朝秀先生が冗談っぽくつっこんだ。

「焼きたい邪魔者でもいるんか?恋敵?」

でも野木さんは苦笑した。
「野木にはいない。……明田さんの心は小門兄に持ってかれっぱなしだけど、あれはもうミューズだから仕方ないし。私にとってもミューズだし。……春秋先生はさくら女(じょ)を手に入れたいなら小門兄を焼くべき。……さくら女は……小門兄の母を焼く?」

私はぶるぶると首を横に振った。
光くんママは、おばあちゃんほど目に見える形で甘やかすタイプではないけど、それでも私のこともかわいがってくれてるのに、そんな……。
それに、たとえ光くんママが亡くなられても、光くんが今さら私を好きになってくれるとは思えない。

「……でも、骨を釉薬にしたらどうなるかな。……その前に、粘土に混ぜたらボーンチャイナになるのかしら。」
何となくそう聞いてみた。

「普通は、牛の骨を使うけどな。まあ、成分的には似たようなもんやろ。骨灰(こっぱい)を30パーセント以上入れた、長石、珪石、カオリンの粘土で成形して焼いたらボーンチャイナ。釉薬にしたら、白っぽくなるわ。」

朝秀先生はそう説明してから、ニッと笑った。

「園芸が好きなら遺骨で薔薇を咲かせる発想もありやろし、今は、ほら、水晶や人工ダイヤモンドに遺骨を加工することも普通にあるわな。……俺やったら顔料にするわ。前は牛の骨の炭で作った顔料がふつうに流通しててんけどな。狂牛病以来制限かかってしもたんや。骨炭(こったん)の黒は深くていいんやけどなあ。」

こったん……骨の炭……へええ!

「ボーンブラック?アイボリーブラックの絵の具なら、明田さん、使ってた。例の絵。」
「アイボリーって……象牙?象牙も規制強くて稀少なのに?炭にして絵の具にしちゃうの?……高そう~。」

野木さんも、朝秀先生もうなずいた。
「高い。でもええ絵の具は保存もええからな。……ほら、伊藤若冲の絵が今でも鮮やかなんは、あれ、若冲の家が金持ちやったから、最高の顔料を使えたしなんや。せやし、そこは譲れんな。」
「野木もそう思う。お弁当ケチっても、電車代節約しても、本物の顔料がいい。」

2人は、妙に意気投合したらしい。
「芥川龍之介は芸術のためなら人を殺せるって書いてたっけ。芸術至上主義。そんな感じ?」
私にはとても理解できないけど。

でも2人は否定しなかつた。

……怖っ。
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