小夜啼鳥が愛を詠う
「じゃあ、俺のアトリエ、行こうか。」
朝秀先生にうながされ、窯の斜面を降りると、見るからにお金のかかってそうな洋館があった。

……てか、これ……神戸の山手のあの洋館に似てない?
こっちのほうがいかにも新築で綺麗だけど。
壁の水色も、褪せてもないし、はげてもいない。
まるで小さなお城だ。

「近代建築……風?」

野木さんがそう聞くと、朝秀先生がうなずいた。

「そうそう。ほんまもんの近代建築を移築したかってんけど断られたから真似して建ててん。創建時の図面は借りたから、張りぼてじゃなくコピーやな。……どうぞ。散らかってるで。」


建物の中は、エントランスから、もう作業スペースらしい。
散らかってるというか……いかにも作業中の、銅板や薬品が並んだ作業台は、まるで理科室のよう。

「作品は?……版画なら版も、刷ったものもあるし、管理が大変そう。」
野木さんがキョロキョロしながらそう言った。

「ゆーても、リトグラフの版はすぐアウトになるから、刷ったもんしか残ってへん。乾かしたら保存は楽勝や。銅版画や木版画は逆に原版を残しといて、必要に応じて刷ってるから、そんなに在庫ないで。」

朝秀先生が、奥の部屋のドアを開けると、そこにはイーゼルや、キャンパスが立てかけて並べてあった。

「……洋画も……」
野木さんの目がきらりと輝いた。

「おー。何でもするで。専門は一応版画やけど、水墨画も好きやし……」

さらに、朝秀先生はドアを開ける。
そこには、脚立や、塑像。

「彫刻……」

「……あとは、何がある?漆芸?染織?……美大の学部制覇できそう。すごい!」
野木さんはかなり興奮していた。

でも、朝秀先生は苦笑した。
「いや。そっちは、してへん。工業デザインとか映像も興味ないし、これでも、けっこう偏ってるんやけどな。」

偏ってる?
そう?
充分、手広い気がするけど。
どう偏ってるのかしら。

次の部屋の応接間に通されても、私は何となく気になって、ぼんやり考えた。
私がぼーっと紅茶を飲んでる間も、2人は芸術論を楽しそうに展開していた。

ふと、気づいた。
この部屋……神戸のあの洋館で、光くんに似たヒトの絵がかかってる部屋と同じ位置だわ。

反射的にあの絵が掛かっていた壁を見上げた。

……そこには、もちろん、何もかかってなかった。

当たり前なのに、私は首を傾げた。
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