小夜啼鳥が愛を詠う
見えてるふりをしたら、坂巻さんを引き留められるかと思ったんだけど……。

どう返事しようかと、顔を上げた。

すると、どうしたことだろうか。
豪奢な着物に、緩やかな束髪の女性が、本当に見えた。

坂巻さんの左肩に器用に腰掛けてる風に浮いてる。
綺麗な人だけど、お化粧が現代と明らかに違う。
お茶目な人らしく、ひらひらと私に手を振った。

「……見えてます。手を振ってます。玉葱ヘアで。え?お寺の奥さんなのに振袖?……眉毛ぼーん。」

思わず、見たまんまの印象をつぶやいたら、幽霊の気に障ったらしい。
幽霊は坂巻さんの耳元に口を近づけて、何か告げ口してるように見える。

……悪口言われてる?

坂巻さんは、じっと私を見て、それから息をついた。

「ほんまに見えてるんやな。高子(たかいこ)さまが、眉毛は流行が今と違うだけで、ちゃんと手入れしてたって言い訳してる。髪は、ひさし髪?……て、言うんやて。」

そして、坂巻さんは目を閉じた。

あ……。
幽霊、消えちゃった。

「見えなくなりました。」

正直にそう言うと、坂巻さんは目を開けた。

「帰ったわ。」

……どこに?

よくわからないけれど、もういないらしい。

いつの間にか、薫くんが私の背後にいた。
後ろから両腕を掴まえられているみたい。

「薫くん?恐かった?」

そう聞いたら、朝秀先生がちょっと笑った。

「桜子ちゃん、そりゃかわいそうやわ。薫くん、桜子ちゃんが高子さまに悪さされんように、睨みきかせて、守ってくれてたんちゃうか?なあ?」

そうなの!?

薫くんは至極当たり前だという顔でうなずいた。

「桜子、震えてた。……もう大丈夫か?」

震えてた?
私が?

それは、気づかなかったわ。

「……ありがとう。」

そうお礼を言ったけど、薫くんは私から手を放さなかった。

坂巻さんは再びソファにどかりと座った。

「高子さまが言うたれって言うてはるから、さらっと話すわ。光ー!お前も来い!」

鷹揚に足を組んで座りながら坂巻さんは光くんを呼んだ。

でも光くんと一緒に光くんママが戻ってくると、坂巻さんは慌ててソファから立ち上がった。

「大丈夫ですか?どうぞ。座ってください。……お久しぶりです。小門さん。坂巻孝義です。」

……態度も言葉遣いも、全然違う……。

女性に対して、というよりは、目上のヒトには礼を尽すって感じかしら。

「ありがと。でも、大丈夫。ほんと、久しぶりね。……で?聞かせてくれる?あの絵のモデルさんのこと。描いた画家さんのこと。」

光くんママは挑むようにそう聞いた。
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