小夜啼鳥が愛を詠う
「さ。行くわよ。……とりあえず今日は、事務所で説明の後、山の御堂で研修ってことになってるから。」
「はぁい。薫くん、もう来てるかなあ。」
「クソガキは清昇くんと一緒でしょ。」

……また、薫くんのこと、クソガキって言ってるし。

苦笑しながら車を降りた。
ら、すぐそばに、車が入ってきた。
40代ぐらいの女性職員さんかな。
とりあえず、会釈した。

……あれ?
スルーされた?

駐車に集中されて、気づいてもらえなかったかしら。

気を取り直して、車の後ろを回って玲子さんのそばに行った。

2人でそのまま、女性職員さんが車を降りるのを待って、ご挨拶した。
「おはようございます!」

ところが、彼女は……私たちに何の反応も示さなかった。
私たちの姿も見えなければ、声も聞こえないらしい。

「……おはようございます。」
私独りで、そーっともう一度挨拶したてみた。

すると彼女は怪訝そうに私を見て、無表情で会釈した。
「ようこそお参りくださいました。」

淡々と無機質な声と定型文でそう言われちゃった。

私は慌てて歩み寄り、深々と頭を下げた。
「いえ、あの、参拝ではなく、お手伝いに参りました。冬休みの間だけですが、よろしくお願いいたします。」

すると、彼女はやっと少し微笑んでくれた。
「まあ、そうでしたか。うかがってます。こちらこそ、よろしくお願いしますね。」

……ホッとした。

ちゃんとご挨拶できたことに満足したけれど……やっぱり違和感を覚えた。

振り返ると、玲子さんが黙ってうつむいていた。
握った両手が震えてる。

「玲子さん。」

そう呼んだら、玲子さんは顔を上げて、淋しそうに微笑んだ。

「……行きましょうか。」
「はい。」

たったそれだけの言葉を交わしているわずかな時間で、女性職員さんは足早に行ってしまった。

……結局、彼女……玲子さんには挨拶どころか……見てもいない。
無視、されてるんだ。

「もしかして、ずーっと、玲子さん……他の職員さんから無視されてるの?」
小声でそう聞いてみた。

玲子さんは、今にも泣き出しそうな顔でかすかにうなずいた。

……オトナでも、イジメがあるんだ。

しかも、こんな……宗教施設で……。
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