小夜啼鳥が愛を詠う
その後も、建物に入っても、廊下を歩いてても、事務所に入っても……玲子さんは、出逢う人出逢う人に挨拶したけれど、ほとんどの職員さんに無視されていた。

……ひどい……。

義憤でふるふるしてるところに、薫くんが現れた。

「桜子ー!!!おはよーっ!……あれ?震えてる?さぶいんか?」
薫くんは、背後からガシッと私の腕を捕むと、覗き込むようにグイッと顔を近づけてきた。

「薫くん……。」

ポロリと涙をこぼしてしまった。
薫くんが、いつも通りで……ただそれだけで、すごく心強くて、ホッとした。

「……桜子……。」
薫くんは、わけがわからないだろうに、泣きじゃくる私を背後から抱き寄せた。

……あったかい……。

安心して薫くんの胸に身体を預けていると、藤巻くんが近づいてきた。

「おはようございます。玲子さん。桜子さん。……え?桜子さん?……まさか、早速……イジメられたんですか?」

……イジメ……られたのは私じゃないもん。

ぐすぐすと鼻をすすりながら、藤巻くんに挨拶を返した。

「おはよう。……いつも、こうなの?……なんで、玲子さん、無視されてるの?……挨拶ぐらい、返してくれても……。」

言ってて、また泣けてきた。

「……私はいいわよ。慣れっこ。でも、さっちゃんまでつらい想いさせちゃったのは、ごめんね。」

玲子さんはそう言ったけれど、私はぶるぶると首を横に振った。

「別に、玲子のせいちゃうやん。玲子が謝ることちゃうわ。……なあ?」
言わんとしたことを、薫くんが過不足なく言ってくれた。

私は、うんうんと、大きく首を縦に振った。

そして、薫くんをそっと見上げた。

……あれ?
また、薫くん、背が伸びた?

見上げる角度がまた大きくなってる気がする。

すごいなー。

男の子の成長って、ほんと、目を見張るよう。

頼もしく感じるとともに、赤ちゃんの薫くんを思い出して頬がゆるんだ。


御院さんのお部屋に移動すると、なんだか脱力しちゃった。

「……玲子さん、よく辞めないで、続いてるね。」
玲子さんの入れてくれた温かいお茶をいただきながら、そうつぶやいた。

「……辞めたいわよ。今も。でも……諦めた。」
玲子さんは苦笑した。

「すみません。父と僕が、それでも、玲子さんと一緒に過ごしたくて、ワガママを言ってるから……。」
藤巻くんが、申し訳なさそうにそう言った。

「謝らんとって。私も、おんなじ。……周囲の反対を押し切って清昇くんと家族になる勇気もないくせに、あなた達と離れることもできないんだから。……時間が解決してくれるのかな。」
玲子さんはそう言って、ため息をついた。

「……時間がたったら事態は悪化するかもよ?」
思わずそう言ってしまって、私は慌てて自分の口をおさえた。

「どういう意味?」
玲子さんが不思議そうに尋ねた。
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