小夜啼鳥が愛を詠う
玲子さんは首を傾げた。

「……聞かれたことなかったから、言ったこともなかったけど……私、別に神戸を離れることに対して、何の躊躇いもないわよ。引っ越し好きだし。」

「え!?」
御院さんは目を剥いた。

「そうなん!?」
藤巻くんも、玲子さんに食いついた。

玲子さんは苦笑まじりにうなずいた。
「……そう。御院さん、そんな風に思ってはったんですか。ずっと一緒にいるのに、大切なことはちゃんと話してないんですね、私たち。……たぶん、隣の峰に眠っている伊織のことを言ってらっしゃるんでしょうけど……私もこちらにお世話になってから、いろいろ勉強したのよ。教義では、家のお墓にこだわる必要はないのでしょう?ちゃんと本山に分骨してるし。伊織のお墓をこちらに建てたおかげで、御院さんと知り合えて、仏法に親しめるようになったの。それこそが、お墓の意義でしょう?遺骨に固執するのは教義に反してるわ。」

堂々とそう言った玲子さんは、以前とはまるで別人のように穏やかな顔をしていた。

「……釈迦に説法、やな。」

薫くんがそう揶揄したけれど、玲子さんの耳には届かなかったようだ。

玲子さんは御院さんと熱く視線を絡め合い、微笑み合い……そっと寄り添った。
手も繋がず、肩も抱かず、物理的には一切触れてないのに、2人はぴったりとくっついているように見えた。
……熟年夫婦みたい。

薫くんは、表情を引き締めて言った。
「藤やんが遠くに行ってしまうんは淋しいけど、玲子には早く御院さんと結婚してほしい。……玲子が幸せになるまで、おじいちゃん、家に帰れへんねん。」

……薫くん……。

まさか、御院さんの前で成之さんのことを言うとは思わなかった。

私は事の成り行きをはらはらと見守った。

玲子さんは、じっと薫くんを見ていたけれど、なかなか言葉を発しなかった。
先に口を開いたのは、御院さん。

「……そやな。薫くんのおじいちゃんに、いっぺんご挨拶せんとあかんな。これまで玲子さんを支えてくれはったお礼を言うて、これからのことも相談しようかな。もう充分しんどい想いしたから、一緒に幸せになりましょう、って。それぞれの一番大切な人を、残りの人生かけて幸せにしましょう、って。」

御院さんは薫くんの頭を撫でて
「ありがとうな。」
と言ってから、玲子さんのほうへ身体を向けた。

「時間はかかるかもしれへんし、不便なとこに左遷されることになるかもしれへんけど、新しい土地へ行くことが決まったら、家族として、一緒に来てくれませんか?」

玲子さんの身体が小刻みに震え……瞳が潤んでいる。

ドキドキするよー。

玲子さん!
がんばれ!
ちゃんと返事してっ!

前のめりで応援する私の手を、薫くんがそっと握ってくれた。
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