小夜啼鳥が愛を詠う
翌朝も玲子さんは、我が家に私を迎えには来なかった。
もしかして、夕べも藤巻父子と一緒だったのかしら。

とりあえず、バスに乗って、ボランティアへ向かった。

「桜子ー!」
既に到着していたらしい薫くんが、ぶんぶん手を振って門から飛び出してきた。

門衛さんが苦笑してる。

私は、慌てて口元に人差し指を立てた。

「しぃっ。薫くん、声がおっきい。……遊びじゃない、って一昨日(おととい)研修で言われたでしょ。」

そう言ってみたけど、薫くんは口は閉じたものの、はしゃぐのは押さえ切れないらしい。

「……どうしたの?」
「佐々木和也が帰国するねん!お正月休みで!」

ささきかずや……はいはい。
薫くんが前に言ってたフランスで活躍中のプロサッカー選手ね。

確か、息子さんが中学に編入してきた……。
なるほど、せめてお正月を家族で過ごすためかな?

「へー。じゃあ、中学サッカー部、練習見てもらえるかもしれないね。」

そう言ったら、薫くんはうれしそうに口を開いた。

「中学だけちゃうで。高校もやで。菊地先輩もめっちゃ楽しみにしてはる。」

……薫くんも、ね。

「でも、お正月休み?じゃあ、ボランティアのシフトと調整しなきゃね。せっかくの機会だし、ヒト、足りないなら、私が薫くんのお仕事代わるね。」

……好きな人に喜んでほしい、役に立ちたい……私にとっては至極当然のことだった。

でも薫くんは驚いたようだ。

「いや。それは、いいわ!藤やんもゆーとったけど、無責任なことはしたくないから、ココに来ぉへん日ぃだけ、サッカー部に合流させてもらうわ。」

慌ててそう言ってから、薫くんはニコッとわらった。

「でも、ありがとう!やっぱり桜子、めっちゃ優しい。」

ああっ……その笑顔……その言葉……薫くんてば……無意識なんだろうけど……。

ジタバタしちゃいそうになるのを必死でおさえ込む。

「私も、ちゃんと責任感持ってボランティアしてるもん。」
何となく照れてそんな風に言っちゃった。

不器用かも……私。

けど、薫くんはなーんにも気にする様子もなく、いつものようにパッと私に手を差し出した。

「行こっ。」

……笑顔が……罪だわ、薫くん。

いつもの薫くんなのに、まぶしく感じちゃう。

好き……って、自覚したら、こんな風に変わっちゃうのね。

てか、手……。

なんか、ドキドキするかも。
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