小夜啼鳥が愛を詠う
「まだこれからよ。せっかくの京都だから、町屋を借りて住みたいって言ったんだけど……あるんだって。京都にお家。知らなかったわ。」
玲子さんは、不服そうにそう言った。

「あら。いいじゃない。町屋って不便よ?寒いし、冷えるし、暑いし、掃除大変だし、近所付き合い、もっと大変だし。」

ママにそう言われて、玲子さんは顔をしかめてうなずいた。

「御院さんも同じようなこと言ってらしたわ。でも、何か、不便そうなところよ。古いお屋敷なんだって。伏見?桃山?向島?」

よくわからないけれど、どうやら玲子さんはあまり気に入ってないようだ。

「それならマンションがよかったなー。前になっちゃんが住んでたみたいな。」
玲子さんはそう言って、ハッとしたように口元を手で覆った。

……えーとー……私に聞かせたくなかった?
どうしよう。
聞かなかったふりしたほうがいいのかな。

固まってると、ママが苦笑した。
「玲子さん、怪しい。逆に誤解されるわ、それ。……パパと結婚する前に、京都の私立学園で養護教諭として働いてたの。さっちゃん、覚えてない?ちっちゃい頃、そこの高校の体育祭の日にお邪魔したことあったんだけど。」

……覚えてない。
てか、ママの過去って、聞いちゃいけないのかと思ってた。

首を横に振った私に、ママはほほえんで続けた。
「当時、借りてたマンションね、隣にビルが建ったせいで日が当たらなくなってファミリータイプなのにワンルームのお家賃で借りられたの。あれはラッキーだったわ。場所も御所に面してたし。……あんまり立派なお部屋だったから、玲子さん、私が誰かのお世話になってるんじゃないかと思ったのよね?」

「え!」
愛人ってこと!?

びっくりして、ママと玲子さんを見た。

玲子さんが慌てて手を振った。
「違う違う。私の誤解。でも、そう思っちゃうぐらいイイお部屋だったの。ね。」

「あ……びっくりした。……私の遺伝子上の父親ってヒトがママの部屋代を出して囲ってたのかと思った。」

さらっとそう言ったら、玲子さんはギョッとしたようだ。

「さっちゃん……。」
と、絶句してしまった。

逆に、ママは落ち着いていた。
「違うわよ。自分のお給料で生活していたわ。……まあ、疑われてもしょうがないけど、誰の愛人にもなったことないわ。」
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