小夜啼鳥が愛を詠う
柔らかい湯気が上がると、パパの顔が恍惚としてくる。

かつてママも愛した優しい時間。

い~い香り。

これは……ティピカ種……どこの豆だろう。
バニラのような甘い香りがふわりとまじってきた。

「マスター。」
光くんが、棚からコニャックの瓶を下ろして、パパのそばにそっと置いた。

ヘネシーV.S.O.P.だ。

パパは眉をひそめたけれど、数滴たらしてくれた。

香りがまた甘美に変わった。

「どうぞ。さっちゃん。」
光くんが笑顔で届けてくれた。

「ありがとう。」

そしてカウンターのパパに
「いただきまーす。」
と言ってから、コウルドンの美しいカップに手をかけた。

漆黒の闇から立ちのぼる魅惑的な香り。

目を閉じてそっと口をつけた。

……美味しい。

コニャックは、パパのスペシャルなブレンドの華やかさを損なうことなく、深みすら与えてる。

優しく私を包み込む……優しい……うっ……

目を開けると、堰を切ったようにボロボロッと涙がこぼれた。

「さっちゃん?」
慌てて光くんが飛んできた。

パパも気づいて、心配そうに見てる。

……ほんとに、優しい。

私にとって、こんなにも居心地のいい場所はない。

大好きなパパと大好きな光くんが、至れり尽くせりお世話してくれる夢のような空間。
なのに、どうして泣いちゃうんだろう。

「光くん……。私……ごめん。泣いちゃった。……ごめん。」
思わず光くんの腕をぎゅっと掴んだ。

「……。」
光くんは、無言で私の背中を撫でてくれた。

あったかい……。

ただ、撫でてもらってるだけなのに、心地よくて、気持ちが落ち着いてくる。

……このまま……溶けて、なくなってしまいたい。

くすんくすんと、たまに鼻をすすりながら、私は光くんに甘えて落ち着かせてもらった。


「あ。薫くん。」
不意に、パパがそう言った。

私は、びっくりして、飛び上がりそうになった。


「こんちはー。桜子ー。……光。」
薫くんの声のトーンが少し落ちた。

「いらっしゃい。さっちゃん、隣、あけたげて。」

パパにそう言われて、私は慌てて隣の椅子の背にかけた自分のコートを引っ張った。

「貸して。しわになるよ。」
光くんが私のコートをとって、ハンガーにかけてくれた。
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