小夜啼鳥が愛を詠う
……玲子さんだ。


パパの幼なじみで、ママが姉のように慕ってるヒト。

そして……小門成之さんの……内縁の妻。


言えない。
とても、言えない。

さっきも笑顔で送り出してくれた、光くんや薫くんのおばあちゃんから夫を奪った女性だなんて……この2人に言えるわけない。


私は、知らず知らずのうちに、じりじりと後ずさりしていた。

「桜子?」
薫くんが、不思議そうに私を見た。

その目がすごく綺麗で……私は……ダメだ!
ごまかせない!
とても、ここにいられない!

「……帰る。」
やっとそれだけ言えた。

「さっちゃん、顔色悪いね。……うーん、やっぱり幽霊だったかな?薫、取り憑かれる前に、帰ろ。」

たぶん光くんは、私の様子が変だから、そんな風に言ってくれたんだと思う。
でも薫くんは勘違いしたようだ。

「幽霊!?マジ?……ちょー、見てくる。」
再び窓に張り付いた。

不意に玲子さんがこっちを見た。
私たち、というより、窓にくっついてる薫くんの気配を感じたのだろう。

イヤホンをはずして、窓際に近づいてくる。

どうしよう!

「さっちゃん?」

玲子さんは、窓を開けるなり、目の前の薫くんを無視して、私に呼びかけた。

……見つかっちゃった。
えーと……困ったな。

「こんにちは。れ、」
いつものように玲子さんと呼びかけて、止めた。

光くんたちが、もしかしたら玲子さんの名前ぐらいは聞き覚えてるかもしれない。

「わ。かわいい。セーラー服、よく似合ってる。……でも、どうしたの?今日、入学式なんでしょ?山登り?観光?」

玲子さんは窓枠から身を乗り出して、ニコニコとそう尋ねた。
そして、光くんと、それから小学生男子の薫くんを見て、首を傾げた。

笑顔がすーっと消えていく。

たぶん、玲子さん……気づいた。
2人が、ずっと一緒に暮らしてる小門成之さんの孫に当たるってことに。

「あの、この洋館とても素敵だから、たまに来るの。れ、……さんは、どうしてここに?」

ダメだ。
ついつい呼びかけてしまいそうになる。

私の動揺を理解してくれたのだろう。
玲子さんは、笑顔を取り繕った。

「私?……いろいろご縁があって、お寺の施設でアルバイトすることになったの。とりあえず、歌を覚えてくれって言われて。」

歌?

「何の歌?お経ちゃうん?」
薫くんが、人なつっこく前のめりにそう聞いた。
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